されて嫌だったことをしない、というのは難しい。

毒親

昨日は重い話にもかかわらず、たくさんの方に来ていただいたようでびっくりしています。ありがとうございます。

親との関係って、結構何歳になっても何らかの問題があるものなのかもしれませんね。
いつまでたっても我が子を子どもとしか見れない親、親に関しては大人になりきれない子ども、両方に原因があるかもしれませんが。。

「反抗期をしっかり通ることは大事だ」って言うけれど、本当に、、改めて感じています。
(母からすれば会話しようとしないだけで私が十分反抗期を通ったと思っているかもしれませんが、怯えて話ができない状態になっているのは反抗期ではありませんね)

いずれにしても、現実にそこに問題がある時に「片側だけにしか問題の原因がない」と考えるのは非常におかしい。
母は母で何か自分の中で反省しているのかもしれませんが、少なくとも私にはそれが伝わってこなくて、私の努力次第で関係が維持されるという風にしか思えない以上、そういう関係は清算する機会があってもいいんじゃないかな、

と今の私は感じています。

何故なら、実際、今、悲しいけれどとても楽だから。

これ以上母に対して怨嗟を持ち続けるのも疲れるし、母が変わるならそれ以上過去を蒸し返すつもりは私側にはないし、前向きな関係断絶はありなんじゃないかなぁと思っています。

(そういう意味では条件付き関係断絶と言うべきでしょうか)

 

そんな風に親との関係はもう自分からは修復の努力はしない、と決めた私ですが、その経験と決断はマイナスばかりではないと私は思っています。

今度は自分の番ー。

じゃぁ、そういうことを親にされた自分は、どのように子どもに接していけばいいのか?
 ー多くの虐待を受けた子どもが親になった時、直面する悩みのようですが、私もいまだに自信がない。

それでも、子どもとの関係修復の努力を子どもに押し付けるべきではない、それは親側がすべき努力だということを痛感しているぶんだけ、自分の母よりはましな対応ができるはずだと思っています。

いや、対応しなければならない。そうでなければ何のために辛い思いをしてきたのか分からない。
私自身の心の傷の回復のためにも「そのおかげで、自分は母のようにならずに済んだ」と思えることが必要な気がする。

子どもの為よりも自分の為、、というエゴは認めざるを得ないけれど、
それぐらい傷は深く、自分が子育てするためにはその自信のなさを埋めるだけの目的が無いと難しいと感じる。

 

でも、現実は、やっぱり母同様に感情的になって怒り、その怒りの抑制が効かなくて逃げ道をなくすような責め方を執拗に繰り返している時があるし、その時の子どもの表情や態度に昔の自分の姿を見るような気持ちになることがあって激しく落ち込むことが少なくないです。

一時期よりは子ども達の方も心得てきた分、大爆発は少なくなってきたかなぁ、、とは思うけれど、本質的な叱り方が刷り込まれているかのように母と同じような責め方になっているので、感情的になるとほんと、ダメ、、
情けなさに泣きたくなる時があります。
それを抑えるためにはとにかく冷静でなければならない。と最近分かってきた。

 

要するに「見すぎない」ことです。その瞬間、あるいは一挙一動で判断しないで、全体を見る。
ただ、全体を見ているということは常に見ているということでもあります。

親という字は「木の上に立って見る」と書く、とよく言うけれど、、ほんと、子どもを見る距離感というのは大事だ。

そして、子どもの数はその適正な距離を置く難しさとは関係ないような気がする。

一人っ子なら注視しすぎるし、
二人なら、どうしても比較しがち。
三人は、真ん中が割を食いがちなのに、見逃していて対応が遅れる。真ん中だけじゃなくて全体的にまんべんなく見れなくなってくる。
(それ以上は体験したことが無いから分からないけど)

 

そして、「自分を大きく見せない」ことかな。
疲れたらお母さんだってゲームしてダラダラ過ごすし、わがままを言うし、嫌なことは嫌だというし、
「あなたたちのためにこんなにしてやってるのに」ということだけは言わない(それはお母さんの仕事で当たり前のことだから)ためにも、それ以上のことはしない。(出来ることは基本自分でやっていただく)
自分ができなかったことを子どもに押し付けない。
お母さんが偉そうに言うのは、それだけのことをしているからだと胸張って言えない時は言わないし、言える時は言う。(でも考えてみれば今の子ども達の努力に対して言えるほど胸張れるようなことあんまりしてない)
そして、誤解していたり、自分のミスで不快な思いをさせたり、感情的に怒ってしまった場合等はちゃんと謝る。

あと、「どうやったら子どもに共感してもらえるか」という発想をもって行動するようにしています。
保育士試験の勉強をあえて長女の受験勉強の終了を待たずに並行してやったのは、試験勉強の辛さを共有するため。

信頼、というのは上意下達では生まれないと知っているからできる発想。
このやり方が正しいかどうかは分からないですが、、
それでも今は子ども達が「お母さん好き」と言ってくれるので、今の時点ではこれで構わないと思っていいのかな、と思っていろんなことに直面する度、爆発することのないようにあれこれ考えてます。

 

大事に大事に思っているよ~ということが、ちゃんと夫や子どもたちやに伝わるお母さんになりたいな(*´ω`*)

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